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サラリーマン奴隷のふとしたことを

性欲と元気


■20代の性欲
20代の頃は、当たり前に女の子にもてたかった。
キレイだな思う職場の女性などと友達も交えて、
複数人で何度か一緒に御飯を食べに行ったこともある。
その時間を楽しく過ごせればそれで目的達成だった。
セックスしたいとまでは考えなかった。
(少しはあったかもしれないけれど目的ではなかった)
その時に少しでも、いい男だなと思われれば嬉しいなという感じ。

何だか今、思い返してみると奇妙に感じる。
そんなんでよかったのかと。

結婚して子供ができると、女の子にもてたいと思わなくなった。
転職したこともあって、周りに若い女性がいなくなったこともある。
女の子への好奇心はアウトドアや釣りなどの趣味に向かった。

■ストレスで悩み病院に行く
転職した職場で1年前に部署異動があり、これまで経験したことのない
仕事でだいぶストレスがたまり、追い込まれてしまった。
日常生活を送る意味がないとか、生きていたくない、とかそんなことを
考えるようになっていた。

何だか、このままだとマズい感じ、心療内科に行った。
病院では、深いことを聞かれることなく、睡眠はとれているか?
とか仕事に行く前に落ち込むのか?とか聞かれた。
ただ、処方された薬を飲むうちに、元気になってきた気がする。
さらには、今までになかった「性欲」みたいなものが
蘇ってきた。女の子にもてたいと考えるようになった。

■またモテたいと考えるようになった
先日、会社の先輩に、俺のお気に入りの女の子を紹介するからと
言われ、キャバクラに連れて行ってもらった。
その先輩に気に入られた女の子は21歳で、これから就職で
上京するという、背の高いすらっとした女性でとても素敵だった。
短いスカートの裾にどうしても自分の目がいってしまう。

キャバクラからラーメン屋に移動して、先輩が話をしてくれた。
「別にやれなくてもいい。話ができればそれで十分だ。」
「あの子も東京に行くけれど、別に東京で遊べる子もいる。」
とのことだった。要するに、セックスできなくてもいい、
話ができて今楽しければ良いということなんだろう。

20代の頃の僕と同じような考えなのかもしれないと思った。
夜の世界にお金の使うこと自体は良い使い方だと思う。
けれど、僕の場合はそのお金でスーパー銭湯に行って、マッサージをしてもらって
ダラダラと過ごすほうが良い。
要するに好み、というか食わず嫌いなんだと思う。
(風俗に行った話を聞くのはとても好きだ)

今の僕は、いい関係を築けるのなら、セックスまでしたい、絶対に。
夜の姉ちゃんではなく、普通の女の子と。
まあ、そんな相手はなんていないし、僕とそいうい関係になってメリットが
ある女性なんていない。僕には嫁と子供がいるので傷つく人だっている。

今の職場には若くて綺麗な女性もいるけれど、
変に手出しして傷つけないように自制しないといけない。

悶々としてしまうから、体でも鍛えて気分を紛らそうと思った年末年始であった。

 

 

新年、友人宅に遊びに行った。

高校1年の頃から付き合いのある友人。
彼は成績優秀で大学は希望の医学部に合格、部活で知り合った彼女と結婚し、
今では子供も2人いる。イケメンでもあり、高校時代の同級生女子はだいた
い彼のことがLoveかLikeだったと思う。
大学以降も東京に遊びに行くときは一緒に飯を食べたり、僕が就職で東京に
行ったときも、奥様と僕の嫁さんと一緒に御飯を何度か食べた。
その友人から12月に久々に連絡があり、元旦に実家にいるから、都合つけば
会おうということになり、友人実家に私、嫁、息子、娘の4人で遊びに行くこ
とにした。

友人実家に行く。
お邪魔した実家は、高校時代、何度かお邪魔し、友人と一緒にお泊まり会的な
こともした、馴染みのある場所だ。久々の行くはずなのに、場所はなんとなく
覚えていた。

賑やかな友人実家。
友人実家には友人妹の子供3人に友人の娘2人と賑やかだった。
友人父は子どもたちの相手で忙しそうだった。
友人母と奥様は台所で忙しそうに支度をしていた。
友人母が言った。
「誰かに似てるって言われない?あのスーツのCMに出ていた、たしか須藤元気。」
「2019年、始まってそうそう、嬉しいです、よくお笑いの土田晃之に似て
いると言われるので。」

久々にお会いする友人奥様。
「砂糖はいりますか?」
友人、私、私の嫁は一同に言った。
「いりません、大丈夫です。」
コーヒーを出してくれた。
本当は友人奥様ともゆっくり話をしたかったのだが、台所や子供の面倒で
話す時間が全然とれなかった。もしかしたら、あまり好かれてはいないのかもし
れない。今考えれば、友達、奥様の東京ご自宅に何度かお邪魔して、私が何度か
酔っ払ってしまったこともあり醜態をさらしていた。酩酊していたとはいえ、
あの時の関西風すき焼きは今でも美味しかったことをはっきりと覚えている。

美人な記憶がある友人妹さん。
友人妹さんも子供3人の面倒であったり、やっぱり台所にいた。
なんとなく友人母似で父似である友人とは似ていないが、美人さんだったと
記憶していた。実際にお目にかかり、やっぱりその通りだった。
高校時代は、友人から、妹はなんだか色んなことで悩んでいるようだと聞い
ていた。そういう時期に友人も高校3年生の生意気ざかりの僕らに妹をはち
合わせさせたくなかっただろうと思う。もしくは、はち合わせさせないように
そういうことを言うよう両親から友人に言われていたのかもしれない。
やっぱり、高校3年生というのは女の子に興味があるから少しでもそらそうと
いう意図があったのかもしれない。当時も(今も)僕は阿呆なので、友人の
妹にそういう好奇心はあまり向けられていなかったのだが。
妹さんとは友人結婚式でしか会ったことがなかったと記憶しており、その際は
会話もしなかったと思う。ちなみに、僕はその時、友人代表でスピーチした。
一生懸命やったスピーチで、あれ以降、それ以上の出来のスピーチができた事はない。
帰り際に妹さんにお声がけした(キレイな人には声をかけておきたい助平心みたい
なのが話す動機の大半だった)。
「あの、妹さんとお会いしたことありましたっけ?」
「高校の時にお泊りに来た際に、兄が先に高校に行った後に林さんが後から
起きてきて、その時に朝ごはんをご一緒しました」
友人も言った、
「あの時、お前、遅刻して学校来たんだよな」
確か、そんなことがあった。友人が先に勉強のために朝早く学校に行き、
僕は遅刻して学校に行った。友人宅でゆっくり朝ごはんを食べて。
真面目な人生を歩んできていると自分では思っていたが、そうでもないらしい。

アメリカに留学に行く友人と会話。
1月中旬にポスドクとしてUCSFに留学に行く友人。たぶんすごい大学なんだろう。
不真面目な僕と、友人とでは、高校時代から差を付けられていたが34歳の今となって
こんなにも差が付いたものかとも思う。だが、友人のこれからの活躍はやっぱり
応援したい。もっとも聞きたかったのは勉強のコツだった。
「子供いれば家で勉強できないよね。」
「気合でカバーするところはあるよ。」
「人に合ったやり方がある。」
「小さな成果を積み重ねるのは大事。」

印象的だったのは英語での論文発表の話だった。
「少しだけ背伸びしてチャレンジする選択をすることが大事かもしれない。
みんな研究の英語での発表をポスターでやるところ、俺はオーラルを選択して
皆の前で発表した。やっぱり緊張したけれど、今までに2回、その経験をして
きたし、そのうちの一回は表彰もされた。そいう経験の積み重ねは大事だと思う。」

救くいになるようなことも言ってくれた。
「やっぱり、合わない上司いるよ、理不尽なことで怒られたり、アップダウンの
激しい上司もいるから気分次第で全然反応違うし。でも、まあそんなやつもいる、
一生そいつに仕えるわけじゃないしね。」

地元の生活

かつて、埼玉の綱島にある中古マンションを購入しようとした時期がある。実際に物件を見に行き、この部屋にしよう、と夫婦で話していた。その物件に手付金を支払っていなかったので、他の買い主に購入されてしまうことになった。

今、振り返ると、中古マンションを買うことができず、結果、地元に戻ってきてよかったと思う。サラリーマンをしながら、マンションを買うということは、今後もしないだろうと思う。ローンを返し続ける覚悟を持てない。地元は自然の近くにいられる、実家の家族と何時間か車を走らせれば会える。僕にとっては人間らしい、良い生活ができる場所だ。

今すぐにでもサラリーマンをやめてしまいたい。子供がいなければ多分やめていると思う。僕にはサラリーマン以外に安定的収入を得る力がない。消去法で今の仕事をしている。地元で積極的に取り組める仕事、34歳からでも探してみようか。

 

死ぬ覚悟はあるのか

日経新聞で岩本悠さんの取組みにについて紹介されていた。私はこの記事で、初めて岩本悠さんを知った。

ブログもやらているようだ。

plaza.rakuten.co.jp

 

新聞記事には逃げないで、死ぬ覚悟を持って仕事をしている、といった趣旨の記載があった。私にはこの覚悟が持てないと思ったブルーマンデー。でもなんとかしないと、じじいになるまで、このブルーマンデーと付き合うことになる。それもしんどい。なんとして、これを克服するか?

 

写真「焼き場に立つ少年」を見て感じたこと

子供が1歳と10ヶ月を迎えた。
見たい映像以外がテレビに映っていると、首を横に振る。
最愛のママがトイレに行くと、トイレのドアを開けてくれと私の手を引っ張る。
米が入った袋を閉じようとすると、泣き叫ぶ(米を触って遊びたいのだろう)。
色々と主張するようになってきた。

 

最近、人事異動でこれまでとは別の仕事をすることになった。
転職は2回したけれど、人事異動は初めてだ。

異動先の部署では、個人向け国債の取引、
短期金融市場での資金のやり取りのサポートをしている。
これまでに馴染みがないことが多い。

周りに合わせられるよう色々と家で勉強しないといけない状況なのだが、
迫る資格試験の勉強を優先せざるを得ず、仕事に関する調べ物がなかなかできない。

業務時間中に先輩に不明点を聞ければ良いのだろうけれど、
仕事をこなすことを優先してしいまい、不明点を不明のままにした
消化不良が続いてしまっている。

 

妻は家事や子育てを一生懸命やってくれてはいるのだけれど、
もっとこういうサポートをして欲しい、
というような要望も余裕のあった前よりいっそう出てくる。

小豆を煮て欲しいと伝えているのに、やろうとしない(結局、私がやる)。
気分転換に外に出かけようとしたら、いつも利用している防寒着が見当たらず、
妻は一緒に探そうとしてくれずに子供と添い寝していたりする。

些細なことだ。
でも、私が外で忙しく働いている一方、
妻は専業主婦なのだから私の都合を優先して欲しいと思ってしまい、
些細な事の怒りが増幅するのだ。

 

ふてくされて外に出かけずにtwitterを見ていたら、
「焼き場に立つ少年」という写真が目についた。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180102/k10011277371000.html

少年に背負われた幼児は僕の子供に近い年齢だろうか。
もし、これが僕の子供だったら。
どうしても、想像してしまう。
涙が出そうになった。

 

自分が怒ってふてくされていることがちっぽけに思えた。
33歳になって自分の考え方も成熟したなと感じたこともあるけれど、未熟だった。

自分で自分に同情していた。

少しだけれどお金はある、雨風をしのげる家がある、家族もいる。
十分幸せなのに。

一つ一つ、焦らずに知らないことを確認する、それだけだ。

 

GW最終日

GWの最終日に大学在学時の研究室の同級生、Iが帰省からの戻り道に私の家に寄っていってくれた。
大学在学時は二人でよく家で飯を食べた。
ちなみに、Iのアパートはモノが少なく、さっぱりしていたが、間接照明しかなく、彼女のいない男二人でいると、寂しさを加速させた。
宿題を一緒にした。
大抵は私がIの記載を写していた気がする。
ロックフェスティバルにも行った。
原付きバイクで会場まで行って、その帰りに給油するためにセルフのガソリンスタンドに寄ったのだけれど、寒すぎて手がかじかんで、給油口のキャップを開けれなかったが、Iが開けてくれた。
そういえば、宮古島に旅行にも行って、そして喧嘩した。
暑いし、若いし、我慢とか気遣いとかそういうのがなかなかできなかったんだと思う。

お互いに彼女ができてからは、家に行って飯食うこともなくなってしまった。
当然だけれど、お互いに彼女との時間を優先した。
大学生の時分に彼女よりも友達との時間の方が大事だ!って言うのは女慣れしたモテ男か、もしくは男も好きな奴だ。
僕達は理系の学生の例外に漏れず、女慣れはしていなかったし、モテない部類だった。


昔話はさておき、お互いに1歳の男の子の父親であり、今日は子供同士を遊ばせた。
Iの子どもは私の子より8ヶ月先に生まれているのだが、大人だと感じた。
私の子が遊んでいるモノを「貸して!」とお願いしていた。
私の子なら力づくで無言で横取りすると思う。
英語学習をしているらしく、良い発音で「airplane!」と言っていた。
飛行機が好きなんだそうだ。

良くも悪くも比較してしまうのだ。
これからも末永く付き合って行きたいものだ。

面白きこともなき世を面白く

この一週間は嫁さんと息子が実家に帰って、一人になる時間がたくさんあった。一人は寂しい。気を紛らわすために、読まなきゃと思っていた情報に目を通すことにした。プログラミングの教科書、池上彰が解説する世界情勢、ビットコインなど。

多少は気が紛れた。それでも、モヤモヤするので、どうしても酒は手放せなかった。酔うと昔のことをを思い出す。大学生の頃に気になった異性のことであったり親しい友人と旅行したこと。

これからの人生について考える。何を楽しみに生きるのか?息子の成長以外には何も思い至らないのが悲しい。

気を紛らすために目を通した情報についても結局は情報収集して満足してしまう。難民問題などの世界情勢についての報道を聞き、義憤にかられても、僕は何も行動しないだろう。プログラミングについて勉強しても、結局はそれを利用して何かのプログラムを組むだろうか。職場では既存の業務を良くしようと改善を検討しても、結局は最低限のことのみで済ます。

目の前のことに夢中になれない。面白きこともなき世は面白くないままだ。モヤモヤする。

ダンス・ダンス・ダンス

 大学生の時、一人でカフェに入ることはカッコいいものだと思っていた。その日も、街中にあるカフェモーツァルトに入った。モーツァルトにはたくさん本が置いてあって、その中から目についた表紙の本を手にとった。ダンス・ダンス・ダンスという本で村上春樹氏が書いた本だった。この本を読むまでは確か、一冊も村上春樹の本は読んでいなかった。

 本の真ん中くらいからざっと読んで、何となく面白いなと思った。主人公が食べる料理が何となく美味そうに感じた。帰りに本屋に寄って文庫本を購入して家に帰った。

 20歳くらいの時に購入して、今日まで10年以上経つけれど、5回くらいは読み返したと思う。ハワイのシーンが1番好きだった。熱帯のフルーツの匂いが本当にしてきたことも何回かあったような気がする。北国育ちで、旅行もあまりしない自分をハワイに行った気にさせてくれるシーンだ。ちなみに、結婚旅行はハワイに行った。

 今日、またこの小説を手にとった。自立し、成熟した中年男性の作法を主人公から学びたい思ったからだ。齢をとったものだな。

 

 

青鬼

IPAと言ったら何を思い浮かべるだろうか?まじめで勉強が何よりも好きで、とにかく人の役に立ちたいという方ならIPAの略はすぐに以下を思い浮かべるだろう。

Information-technology Promotion Agency, Japan、略称:IPA
日本におけるIT国家戦略を技術面、人材面から支えるために設立された、経済産業省所管の中期目標管理法人たる独立行政法人だ。

僕も上記を思いかべるうちの一人だ。嘘じゃない、本当だ。


ところで、システム部と名のつくユーザー企業の現場にいると、資格ではなくてとにかく、できるやつが欲しい、という声を聞く。これは、資格だけ持っていて、システムベンダーとコミュニケーションできないやつ、上司のニーズを適切に聞き出せないヤツなんかいらないということだ。

ところで、コミュニケーション能力っていうのは?僕の認識では、その人の全ての能力が集約される、別の言葉で言えば総合力みたいなものだ。よく企業の採用面接の際に重要視する能力はコミュニケーション能力って言うけれど、それはつまり総合力ってわけで、そりゃ重要視するよなって思うのだ。


僕は情シスをやっているしがない社員だ。コミュニケーション能力を求められること、遣る方無い。自分なりに全力を出している。潤滑に回転しまくる歯車のごとく、その半径は小さくともとにかく頑張って回転しているつもりなのだ。

早く辞めてしまいたい。だって人生は短い。自分が本当に意味のある仕事をしたいと思う。会社の繁栄?いや僕、そもそも株主でもないし、自社株持ちたいとも思わない。給料くれるのは本当にありがたいけれど。独立して稼げるだけの力がないので会社に頼るしかないのだな。


IPA?そんなの、インディア・ペールエールにきまっているだろう。インドの青鬼、本当に旨いよなあ。

ラフロイグ

僕が小学生の頃、父はたまにサントリーオールドを飲んでいた。子どもながらにどんな味がするのか好奇心があった。ばれないように少し飲むと、不味いと感じた。やっぱり梅酒が旨いと思った。

大学生の時に、モテたくてバーテンダーのアルバイトを始めた。齢の近い先輩からウィスキーの分類などを教えてもらった。シングルモルト、ピュアモルト、ブレンデットウイスキーの違い。アイラ、スペイサイド、ハイランドなど、蒸留所の地域で味が異なること。先輩はラフロイグが好きで、ラフロイグカスクストレングスをアルバイト先から近くのわりとちゃんとしたバーで薦めてくれた。「これがいいんだ」と言われ、「これがいいものなのか」と理解するようにした。

社会人になって始めの頃、「自分への投資」と思って、色んな銘柄を試してみるようになった。先輩が教えてくれたアイラ中心の銘柄を飲んだ。アードベッグラガヴーリン、カリラ、ラフロイグアードベッグは本当に臭いと思った。

今、おじさんになって、子どもができ、お金にも余裕がない。ウィスキーはもっぱらサントリー角を飲んでいる。コスパは良いし、味も十分旨いと思う。自分が飲んでみたい物よりも十分旨いと感じる飲み物をチョイスできればそれでよしと思う。


嫁のほうが僕よりも金融資産を多く持っていることを今日知った。「自分への投資」に見合ったリターンが得られていないと思い、あの頃の「散財」を悔いずにはいられない。

うなぎとモルツ

Yシャツにアイロンをかける。僕の土曜午後の日課。アイロンをかけている最中、退屈しないために落語を聞いたり、映画を見ることにしている。今日は「男はつらいよ」をチョイスする。寅さんを見ていて、ふと先輩Aを思い出す。枠にとらわれない、破天荒だけれど、風流な人である。


蝉の鳴き声が響く、アスファルトの照り返しに息が詰まる夏の日、先輩Aと会社の昼休みに飯を食べにオフィスを出る。
「うなぎ食いたいな。」
うなぎ好きな先輩Aは言った。毎日、外食しているので、少しは安い昼飯にしたい僕は言う。
「高いし、別なのにしよう、うなぎを食べられる店も知らないよ。」
「いいから、金なら出すし。」
先輩に誘われるままにうなぎ屋に入る。ちなみに店は思いの外オフィスから遠く、この日は昼休みを1時間30分くらいはとったように記憶している。

初めて入る店は何となく緊張する。料金や、料理が出るまでの時間、接客がどんな感じなのか、そんなことに気を取られている僕を尻目に先輩は言う。
「ビール飲もう」
僕は耳を疑った。
「仕事中ですよ!」
「ばれねーよ」
先輩はうなぎとビールを注文した。僕はうなぎと烏龍茶にした。


振り返ると、僕もあの時にビールを注文すればよかったと後悔する。アイロンがけも終わって、久しぶりに先輩Aに連絡をとってみようかと携帯電話を手に取ったが、考え直してやめた。

ジョニーウォーカーのように歩く

ある6月の日の会社での昼休み。同期入社のいつもの3人で昼飯を食べにオフィスを出る。オフィスの近場で、安くて美味しい店は少ないので、歩いて10分ほどのいつもの中華料理屋を迷わずに目指す。外は弱い雨が降っていてアスファルトや街路樹を濡らしていた。
「雨の日、傘を差しても、どうしても太ももの正面が濡れてしまう。どうしたら濡れずに済むだろうか?」
私はかねてからの雨の日のイライラの原因を友人にたずねてみた。
「俺はそんなに濡れないけどな。」
友人Yはそんなこと、これまで悩んだこともないという風に言う。
ジョニーウォーカーのように歩けば濡れないのでは?こんな風に。」
友人Kは膝を曲げずに背筋を伸ばして足早に歩いてみせ、コミカルなその動きに皆で笑いあう。
ジョニーウォーカーは別に膝を曲げずに歩いていたわけではないと思うけど、何となく分かるよ、そんな風に歩いていたのでは?って想像してしまうね。」
私はそう答えて、たまに友人Kのジョニーウォーカー風な歩き方を真似して中華料理屋まで笑いながら歩いた。


月日が経つのは早い。その6月の日というのもたぶん、今から2年半前の出来事だ。よく通ったその中華料理屋が閉店してしまったことを今日、知った。美味しい中華粥が食べられ、料理の殆どに、ほのかに香草の匂いのするシンプルな料理を出す良い店だった。